昭和54年7月21日 朝の御理解●④ ④
明渡 孝
御理解第62節『昔から、人もよかれわれもよかれ、人よりわれがなおよかれというておるが、神信心をしても、わが身の上のおかげを受けて、後に人を助けてやれ。神信心も手習いも同じこと、一段一段進んでゆくのじゃ。にわかに先生にはなれぬぞ』
自分がおかげを受けておるという自覚というか、ものができてまいります。ほんとに、金に困らんというほどしに金のおかげを頂いておるというわけでもない。まあ、すべての点に、衣食住の点でも、まあどちらかと言えば不自由な状態の中にあるけれども、信心によって自分の心が救われて行く。自分の心が助かって行く。こういう素晴らしい教えを頂いておる。そういう例えば、教えを受けておるということで、自分の心が助かっていく。これはわが身におかげを受けておることである。
だから、生活の真実を、愛の心をもってというように、みなさんが毎朝奉唱されます、拝詞の中にも、まあ拝詞、祈願詞ですかね今は。中にありますように、ほんとにそれを愛の心をもって、人へ伝えて行くということ。ね。まずわが身におかげを受けてと。ね。
なるほど、別に金がたくさんあるわけでもない、立派な家に住んでおるわけでもない。ね。例えばなら、家庭がほんとに円満というわけでもないけれども、信心頂いておる私は、心の中にこのようなおかげを頂いておる。物の見方考え方もこのように変わってきておる。
そこに、自分が助かっておるというものを自覚したら、それを愛の心をもって人へ伝えて行くということ。しかもその、「こういう真実の生き方があるのです」という教えによる、自分が助かり、それを人にも、私は、伝えていくという、そこに信心の手が上がる。信心も手習いも同じこと。手が上がる。ね。いわゆるそれを、稽古の材料ともなっておることを、これは私自身、自分のことを思うてみてです、この六十二節というのはいろいろに説かれます。もうどれだけ頂いたか分かりませんけれども、今日は、新たな見地でみなさんに聞いて頂いておるわけですけれども。ね。
まず、やっぱり自分がおかげを頂いて、ね、金にでも不自由せんごとならな、「あんたどうの」ち言われた時にその、お話のしようがなか。私でも、(?)健康のおかげば頂いて、ね、なら人に、まあ不健康な人があるからというて、まあ、自分がおかげ頂いとらんのに話されん。今日はそういうことじゃないです。
信心によって自分の心が救われていきよる、助かっていきよる状態。またいうならば、昨日あたりから頂きますように、「真実の生き方」ね。世の中には、もうそれこそ重い荷物を担いで、しかも道を歩いて行くような一生が、もうそんなもんだと思い込んでおる人達が、私どもの周辺にはたくさんあるわけ。それを、私どもが、そういう生き方から回れ右をして、ほんとに「合楽理念による生き方」というものをみなさんが付けていっていかれる。そこに自分の心の助かりがあり、いうならば救いもそこから起こってくる。ね。
もうとにかく、今までは、例えば腹が立ちよったことを、むしろお礼ば申し上げるようなことであると真実のことが分かったらです、もういつもいつも、プリプリ腹ばっか立てらす人に、その真実を伝えなければおれない。それが愛の心だと。ね。
問題は、自分が助かるということは、まず教えによって自分が助かる。ね。教えを頂いて物の見方考え方が、いわゆる真実のことが分かってくる。もう分かってきたら、これを伝えずにはおれない。まずは私がおかげを頂いてっちゅうことは、金にも不自由せんごとなる。健康にもなる。家庭が円満にならなきゃならない。伝えられないことはないということ。そうならなければということは、そげなことしよったんじゃいつまでたっても、いうならば、ほんとの神様に喜んで頂くような働きはできない。
●④私が、北京から引き揚げて帰ってまいりまして、もうほんとに、まあこれは親教会だけにじゃ(?)金光教、宗教全部がそうだったでしょうね。「もう神も仏もあるものか」という、もう敗戦の苦しい中ですから、もう信心しておった人達も辞めてしまう、といったのが多かった。月次祭っちもう二・三人じゃった。
それでまあ、御結界からこうやって先生お話に、お祭りがすんだら話されるといったような程度であった。そこで私は、昔知っておった信者さんの家をずっと回って歩いた。ね。お月次祭の度んに、三人・五人に。
私が一番最後、やっぱし六十名、五・六十名ぐらいお参りがあるようになりましたですね。善導寺の教会で。もう表で下駄を揃えさしてもらう、その下駄の数を数えるのが楽しかった。「はあ、今度は何足増えとる」ち。
御本部参拝というたらもう、それこそ信心のない人達にでも、もう一生懸命、困った人があるというと、まあようあんな、まあいうなら大胆なことができておって、もうほんとに(ヘおいふう?)してござる人に「金光様の御本部参拝しなさい」「もうこげな体で、お参りしたいばってんとてもできん」と言うて、「いや、もう絶対行ったらおかげ頂くから」と言うて勧めよった。またほんとに神様は顔を立てて下さりよった。御本部参拝もやっぱり、五・六十名あるようになりましたですね。
もう例えば表に行く時にです、そんならその時分に私どもの場合は、まあほんとにやっとかっとお粥さんがすすり兼ねるほどしの時代であった。もう衣食住に難儀困迫の時代であった。それでも人はどんどん導かれていった。ね。
「私がおかげば頂かにゃ」ということ、何故かと言うと、自分の心の状態が、生き生きと喜びで満ち溢れてきた。自分の心が、いうならば物の見方考え方が全然違ってきた。ね。そこに、自分の助かりを感じたところからです、私はそういうことになってきた。●④
そらちゃんとおかげさえこの頃から、青年大会の時に正樹先生の、それもこの近所じゃなうい、佐賀の方だったそうですけれども。この頃から北海道旅行をした。そん時に、食事の時に、拍手してから「頂きます」とこう言う、これがやっぱ癖になっておりますから、癖っていうわけでもないでしょう、まあそれをしておったら、その横に居った人が「あんた何々様か信心しなさるんですか」ちゅうわけ。「いや私は金光教の信心を、合楽でおかげ頂いておる」と言うて、そこからきっかけができてお話をした。
「ほう、そんなら一遍私も参ろう」というのでしょう。たったその、そこからあの、二人の建築業者の方でしたけれども、今度の壮年会に参加しておられましたですね。ね。
だから、そういうふうに使うて下さるということもありますから、使うて下さったんなら、それがほんとのものになることの精進がなされなければダメだと思うね。ね。私、今日のところはそこんところを聞いて頂きたい。ね。
わが身におかげを受けて、そんなら正樹先生の場合は、もうわが身におかげを心の上にも頂いてろうが、形の上にもこのようにおかげを頂いておる。もう、誰にどんなにどういう強行にお話をしても、だから、伝わっていくだろう。いや、それはもちろん祈りに祈り、願いに願ってのことでなからなきゃいけんがです、ね、そういう精進が、お互い足らんのじゃないだろうかとこう思う。ね。
自分がそれほどしに助かっていないかというと、助かっておるんだからね。日田の、竹野さんもなかなか熱心な方です。子供の時に、水に溺れておるところを助けて頂いたという方に、今でも毎日その方のことが、お届帳に書いてあの、お初穂に書いちゃある。命の恩人誰々というて。もうそれこそ何十年前に、のことを合楽にお参りをされるようになってからかどうか知りませんけれども、なら命の恩人誰々さんのことがお届けされます。
自分の家ではお届帳を作って、そのお届帳にずっと自分の「ああ、あの人にも助かってもらわんならん。あの人にもお話したい」という、人のことをずっとお届けをして、御祈念の時に、繰り返し繰り返し神様にお願いをなさるということです。
どうでしょうか。ね。月次祭だけに限ったことじゃありませんけれども、今こうして一時期の夏期信行があっておると。あの雰囲気に触れたら、信心の例えばない者でも感動するだろう。と例えば隣近所でも誘うてみる、いうならば積極的な、ね、お届帳とも、それこそ手帳にでも良いから、難儀な方達の、いうならば知った自分の周辺の人。ね。自分に関わり合いある人達の、誰も彼もというわけにはいけんから、その方達のことをお届帳に書いて、朝晩の御祈念の時に、一生懸命その方達のことを祈らせて頂くといったような、そういう精進が。
とにかく「まずわが身におかげを頂いて」というんだから、ね、自分がまずはおかげを頂いてとここに教祖も仰っておられるけれども、その「まずおかげを頂いて」というところを、家も立派にならにゃ、お金もたくさん、もう文男先生のごとならなん。家庭も円満にならなきゃならん。万事におかげを頂いてというのなら、もう一生、おそらくそういうことはないでしょうね。ね。
ですから、ほんとに、真実の教えというものを頂き出したら自分の心が変わってくる。物の見方考え方が変わってくると、こんなにも幸せな考え方ができるんだと。ね。だから、自分が助かっておるという、「わが身おかげを受けて」である。
それをです、「言うたっちゃあれどん分からんから」と言わずに、それを本気で願って行く。そして、いうならばお届帳でも作って、ね、本気でその人のことを願う。不思議です、願うとね、これは取次者私が、たくさんな、今どんなにしても、一時間十五分と三十分ですから、一時間四十五分は、それでも時間が足りないくらいです今は。ね。
今、ほとんどが一時間と十五分でしょうが。ね。そうすると、三十分間控えで祈りますから、一時間四十五分間祈ってもです、ね、まだ足りないような思いがするくらいです。なら、それで何を得ておるかと言うと、私は、その人達が助かるということにもつながりましょう。が、私自身が力を受けておるんです。
ほんとに、やっぱ一時間四十五分間板張りの上で座ったりせんもんも、膝小僧がもう痛うしてこたえんごとなりますよやっぱ。( ? )ずっと座っとるだけですから。畳の上と違う。板間です。ね。
それでもそれが願わずにはおれないということが、なら今こうやっておかげを頂いておるからできてくるのではなくて、今申しますように、ね。自分が助かって、私もお届帳ちゃんとたくさん作ってから、もうたくさんな人のことをお願いさして頂いとったです。だから、人のことを祈っておる、願っておるということです。ただ願うだけではすまんごとなって、「その代わりに私が修行しますから」といったようなのが生まれてくるです。自ずと。
それこそ、●④一つ積んでは誰のため、二つ積んでは誰のため、まあその時分は今と違いますから、もうおかげを頂くために大祓を、信行というよりも、大祓、あの人のために一巻。あの人のために一巻。といったようなね、御祈念をしよりました。これは私がまだ北京から帰ってきた当初の話ですよ。ね。
さあ、月次祭ともなれば、そのみんな「さあ、今日は月次祭です」「ああ、今日は月次祭でしたね、忘れとりました」ちゅう人が多いです。ね。だから、その時分に、私がもし力を受けたというならば、力を受けたのじゃなかろうか、神様に認められたのは、その時分の頃からじゃなかろうかというふうに、やっぱ思います。●④ね。
自分がまずおかげを頂き、誰が認めると言うてもね、絶対そんなあの、やっぱりそういう念力のようなものがね、できなきゃ。ね。信念というか、信念もいよいよ確立していくためにです、ね、いよいよ人の助かることのために、ね、愛の心をもって、自分の生活の真実を、ね、こういう真実な生き方をしておる。こういうふうに教えを守って行じておると、心の状態にこういう心が開けてくると。
もう腹の立つと今まで思うておったのが、腹の立つだんじゃない、お礼が言えれる心の状態が開けてくる。もうそこに助かりがあるじゃない。ね。その自分の助かりを人に伝えて行くという。ね。
月次祭の時どうでしょう。もう絶対一人が誰かをお導きしてくると、そうするとここに今、百名のお月次祭にお参りがあるなら二百名になります。嬉しいです。ね。ただ自分だけツッと参ってくりゃ良いじゃいかん。今日の御理解を頂くならばですよ。ね。お届帳は作らんにしてもです、ほんとに誰彼のことを本気で祈らしてもらう。
福岡の方から子供さんが、足がなえたようにしておる方を、若いお母さんが毎朝、毎日抱いてお参りをしてきますよね。それが、ご主人が、どうでも医者にかかれって言われるので、昨日、一昨日か、福岡の病院に入院をされました。
ここの帰り道に、久留米の佐田さんがバスの中で会われた。もうほんとに、その難儀な話を聞かせて頂いて、ね、その方のことが、お取次ぎをまあ頂いておられます。ね。その方のことを何人かの人がお取次ぎを頂いて、お願いしよります。そういう精進やら努力やらがみなさんできておるでしょうか。ね。
私は、信心はね、精進ということはそういうことだと思うんです。例えば自分だけがおかげを頂くためだけに一生懸命精進するというのではなくてです。わが身におかげを受けたら、人にも伝えて行く。伝えたならばその人のために祈るだけではない、その人のために、いうなら奉仕する。その人のためにお初穂でも奉って願う。お届帳にも、自分のお届帳にも書いて繰り返し願う。願うからには、そこに精進が自ずとせずにはおれなくなってくる。
そして結果はどういうことかというと、結果は、自分が力を受けたということになるんです。人が助かる助からんということはまあ別として、ね、それに助かっていくという。ね。まあ、なんかそういうようなね、ほんとに神様に向ける「積極的な信心」というものがです、ね、なら家族でも良いじゃないですか。ね。例えば「月次祭には、いつも一人で参りよった。今日は家内をどうでんこうでん引っ張って来う」「今日は子供でん良かけんで連れて行こう」と。「もうとにかく自分一人では参らん」というくらいなね、私は、ひとつの執念を燃やすことだと思う。ね。そういう生き方に、私は、神様がね、喜んで下さり、神様が、いうならば実を付けて、特別なお徳もおかげも下さるようになるというふうに思うです。
今日の六十二節は、今まで頂いたところとはたいへん違いますね。けれども、そのいつも頂いていくところの根本のところのものだ。だからこれは、私が、なら北京から帰って来た時分の話を今日は聞いて頂いたんです。そして、なるほど、ああいう生き方がです、ね、神様に、今から思うと認められたんじゃなかろうか。ああいう時分に目には見えなかったけれども、力を受けたのじゃなかろうかというふうに思います。
ただ自分のために、そうにゃ参ったというだけで終わったんではいけない、というのが私は六十二節だと思うですね。どうぞ。